秋季東北大会と1年生大会と山形県野球場と

秋季東北大会は仙台育英が優勝。
これで東北の今季メイン公式戦は基本的に終了になるが、僕の故郷、山形県はこの後、1年生大会がある。
これは僕らの時代からある大会で、名前通り1年生だけでチームを組み、県チャンピオンを決めるのだ。
1年生大会は地区予選では会場が各校のグラウンドだったり、引退した3年生が塁審を務めたりと手弁当感たっぷりなのだが、勝ち抜いて県大会進出となると会場は山形の聖地・山形県野球場(現在の荘銀・日新スタジアムやまがた)になる。
高校球児の夢といえば甲子園だが、万年補欠だった僕からすると、この球場でプレーするのも小さな夢であった。
無論、ヘタクソな僕は1年生チームでも控え。自分の実力のなさがイヤというほどわかり、叩きのめされた頃だったので、まあそんな小さな夢も叶わず高校野球を終えるのだろうなあ、と高1秋の段階で既にボンヤリ諦めかけていた。
で、その山形県野球場で行われた1年生大会の県大会初戦。相手は米沢商で、我がチームは相手にリードを許したまま既に最終回2死走者無し。
すると監督が僕を呼び「打ってこい」と代打を命じた。
正直なところ、試合に出られるなんて全く想像していなかったので「えっ、出るの?」と心の準備も全く無し。
というのも、当時の我が母校は公式戦での思い出起用はナシが基本。最後の最後まで勝負を諦めてはならないのだ。ならば、僕の起用はない(悲しいけれど)。試合に出ている選手にそのまま打たせるべきである。
まあ、そこは1年生大会ということで、監督も温情をかけてくれたのだろう。
「えっ」とは思いつつ命じられたら行くしかない。「とにかく塁に出る」と急いで準備をして打席に向かった。
そして、バッターボックスに近づいたくらいで、やっと自分が県野球場で試合をできることのうれしさがちょっと沸いてきた。
その風景は今も鮮明に覚えている。
曇り空の肌寒い日。
観客がほぼいない静かなスタンド。
米商のピッチャーの一瞬ニヤけた表情。
想像よりも遠くに見えた外野フェンス。
結局、それは最初で最後の県野球場での打席となった。
だから、僕にとって「山形の聖地」でのプレーは、高校野球っぽい暑い夏ではなく、晩秋のグレーのイメージ。
それでも、この時期になるとたまに脳裏に浮かぶ、大切な思い出である。
結果? もちろん平凡なピッチャーゴロでゲームセット、ですよ!
 

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